2009年01月13日

伯爵はいつごろから日本国乗っ取りを始めていたのか

戦国時代、キリシタンが火薬ほしさに日本人の女性を奴隷として売り払っていたという話とか、布教の裏の(新大陸でスペインがやっていたような)領土的野心やらお寺さん焼き討ちやらの騒ぎを引き起こしていて、危機感を募らせた(もちろん平等を説かれるもの迷惑だったんでしょうが)徳川幕府が「宣教師の国外追放処分」に踏み切ったという話を聞いて、伯爵が日本乗っ取りに動き始めた時期はいつごろだったのだろうと考えてみました。

島国という立地(?)だけでなく、「カトリックの連中は信仰の題目の元に過激なことをする連中」という意識が為政者に刷り込まれていた分日本は入り込みやすかったのではないかなと。
「こんなことをやるような連中なんですよ、だから早く追放にしたほうが良いですよ」とさらに煽り立てて宣教師とか信徒とかを追い出すように仕向け、国内でも戦乱や権謀術数の飛び交う中で暗殺されたり、栄養状態とかもあまりいいとは言えなかっただろうから有力者の子弟が幼いうちに死んだりする。
家族であったり、派閥の中核であったり理由はいろいろだけれど死んだ者を取り戻したい、と沸き起こる感情に漬け込んでアクマを造り、送り出す為の実験をしていたのではないだろうか。

作中の日本にいる高レベルのアクマは、もしかしたらその時に造られた実験体の成れの果てなのかもしれないのではないか。
posted by 秋山ねぃ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 語ります。 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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