年齢から考えたら、仕方のないこと。
季節を考えれば当然のこと。
生きている以上、いつかは必ず起こりうること。
死神は王にも乞食にも隔てなく訪れ、命を刈り取っていく。
死は友達のようなもの。
若君が仕留めた猪。村の子供が沼から掴み上げた鰻。
弱い仔羊を屠る牧童。より大きな実を成せるよう枝に出来た蕾を間引く農婦。
田舎に住んでいれば誰でも目にするものの中に死はつきものだ。
それなのに自分の心臓を直接撫でられたような居心地の悪さは何なのか。
たった一人で昼食の席に着いた若君は、コースの皿が入れ替わってもどれ一つ手をつける気になれなかった。
あの気のいい厨房の女中達の気を揉ませないよう手をつけた方がいい、そう手を伸ばしても。
居心地の悪い静かさ。
祖父と父の応酬の間で縮こまる幼い自分に戻ってしまったような気がした。
巌のように重い影を投げかけていた祖父が、いなくなるかも知れない。
祖父が死んだなら。
神が化生に鉄槌を下されたと村の連中は誰一人悲しまず、その後を自分が継いだとしても誰も喜ぶこともないだろう。
奇怪な趣味に没頭できる暇と財産を持ち合わせている立場“だけ”をうらやむ者はいても。
領主としての心得と、紳士の自負として叩き込まれたあらゆる知識。
祖父亡き後、自分はその義務を受け継ぐものとして育ってきた。他に生き方を知らないし、それを選ぼうと思うこともあってはならないのだ。
2009年05月01日
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